坂部城跡

坂部城跡



 坂部城は久松肥前守定益(永正7年西暦1510年11月19日没)が築城した平城であり、
当時は阿古屋城、後に阿古居城と呼ばれた。
 「尾張誌」には「英比庄坂部村にあり、東西40間(約72.8m)南北50間(約91m)
英比の城ともいふ。久松佐渡守菅原俊勝の居城なり」とある。
 徳川家康の生母お大の方は天文16年(1547)当城主久松俊勝のもとに再婚し、俊勝が
岡崎城代として移るまで15年間在城した。その間、竹千代(徳川家康)の命を幾度も救
い、人質の身であった熱田や駿府に励ましの手紙や衣食を贈り続け、後の徳川家康の運
命や人間形成に大きな影響を与えた。
 永禄3年(1560)5月17日お大に方と家康(当時松平元康)母子16年ぶりの感激の歴
史的再開の場所でもある。
 天正5年(1577)7月佐久間信盛のざん言により、城主の久松信俊(俊勝の子)は大
阪四天王寺にて切腹、信盛の手勢によって当城はせめられ落城炎上した。
(以上、説明板抜粋)

 昭和63年7月、阿久比町指定文化財に指定されている。場所は、中央図書館の隣にあ
る。城山公園として、公園となっている。


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