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京成まで来る京急車 名前: kmnekn [2010/03/22,18:12:49] No.730
600形です。京成高砂で撮りました。
京成佐倉や北総線に行きます。
>> Re:京成まで来る京急車 名前: A80&481 [2010/03/23,08:51:18] No.731
kmneknさん、おはようございます。
京急車の京成乗入はほとんどが青砥までで、京成本線佐倉までの乗入は1日3往復、北総線印旛日本医大までの乗入は1日数往復、といったところでしょうか。京成本線乗入に関しては1998年のエアポート快特運用が登場した際に設定され、2002年10月までは上野、2006年12月まで成田空港、2007年12月まで成田、現在は佐倉までに区間短縮されています。(ただし、佐倉⇔宗吾参道間への回送運用は現存)

ちなみに…北総線に京急車が入るようになったのは当時の羽田駅(現天空橋駅)が開業した1993年4月のこと。2年後の95年4月に印西牧の原駅が開業するのですが、いったん運用から外れます。その3ヶ月後の7月に京急車が北総線に再び乗り入れるようになります。以降、北総線の路線延長があったくらいでそれほど大きな変化はありません。ただし、佐倉乗入も含め7月のスカイアクセス開業で京急車の京成本線・北総線乗入がどうなるか注目したいところです。(現時点で分かるのはスカイアクセスルートの場合、成田空港までの列車は全区間京成電鉄が、印旛日本医大発着はこれまで通り北総鉄道が担当)

高砂以東に乗り入れる京急車は原則600形でダイヤ乱れが発生した時は600形以外の車両が入ることもあります。600形以外の車両がダイヤ乱れで佐倉まで乗り入れてた際、一部の車両には佐倉幕がなく、紙で表示していたこともありましたがここ数年は方向幕の統一でダイヤ乱れがあってもきちんと表示出来るようになりました。
>> ? 名前: スコッチ [2010/03/25,11:48:58] No.732
>北総線に京急車が入るようになったのは当時の羽田駅(現天空橋駅)が開業した1993年4月のこと。

京急車が北総線に頻繁に乗り入れる用になったのは確かに羽田開通からですが、運用自体は1991年の北総線高砂開通からあったはずでは?
>> スコッチさんへ 名前: A80&481 [2010/03/25,20:15:31] No.733
こんばんは。
4直(北総・公団⇔京成⇔都営⇔京成)が本格的に始まったのは91年3月のことでしたね。当時は京急空港線が線内折返しで、ホームの長さも短いことから現在とは運行形態が異なりました。まず、北総線系統は千葉ニュータウン中央⇔京急川崎間を結ぶ急行が中心で、北総・都営、一部京成の車両が運用に入っていました。また、京急車は青砥⇔三崎口を結ぶ特急、さらに京成車は北総線系統のほかに東成田・成田⇔西馬込を結ぶ急行(2002年10月以降押上⇔高砂と北総線区間を除き廃止)と分けられていました。

現在は京成・北総線系統は羽田空港発着が中心で、京急本線系統は青砥発着が中心ですが、4直が始まった90年代初頭以上に運用面が複雑です。


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